算命学鑑定 Bluebird

大阪で算命学鑑定をしております

岡本太郎に背中を押される

今日は算命学とは直接は関係ないお話。

 

先日、石門星のお話ついでに、私自身が算命学鑑定士の言葉によって、自営業の道へと方向転換したエピソードを書きました。

 

でも鑑定の後に、スルスルっとすぐに独立開業となったわけではありません。

 

実は一人で出来そうな、そしてやりたいと思える仕事は一つだけ心当たりがありました。そして、それには資格がいるため、とりあえず通信講座に申込みもしました。

難しい資格ではないので、ちゃんと勉強してれば8割くらいの人は取れるもので、10ケ月後には無事に合格しました。

初期費用もほとんど要らない仕事なので、すぐ始められます。でも、副業で片手間に出来る仕事ではないので、今までの仕事はスッパリ辞めなければなりません。

 

するとそこで、また迷いが出るのですねぇ。

 

「それで食って行けるんだろうか?」

「失敗したらどうしよう」

「軌道に乗るまで、しんどいだろうなぁ。ていうか、軌道に乗るかしら」

 

などなど、色々考えてしまって、最終的な一歩が踏み出せないでいました。

そんな時に出会ったのが、岡本太郎氏のこの本。

 

自分の中に毒を持て<新装版>

自分の中に毒を持て<新装版>

 

 仕事帰りに、日課のように立ち寄っていた六本木1丁目の本屋で、何気なく手に取った本でした。

その頃の私は無知もいいところで、岡本太郎というと、昔『天才たけしの元気が出るテレビ』などでイロモノ扱いされていた、おかしなおじさんくらいにしか思っていませんでした。(ひどいね…)

もちろん、太陽の塔や絵画の一つや二つは知っていましたが、前衛芸術には興味がないため、他に私が知っていることと言えば『芸術は爆発だ!』のフレーズくらい。

 

岡本太郎が本を出してたんだ、何を書いてるんだろう)

 

くらいの気持ちで手に取って立ち読みしたら、あれよあれよと引き込まれて、文庫本だったこともあり、迷わず買って帰りました。

 

家でじっくり読んでみたら、もうビックリ。

この人、本物のインテリじゃありませんか!

 

パリ大学卒業の学歴からそう思ったのではなく、様々なことに造詣が深く、物の見方が鋭く、そしてそれを分かり易く伝える文才もある。

この人は本当に天才なんだと、今更ながらに驚愕しました。

 

同時に、こんな天才を『おかしなおじさん』に仕立てあげてしまう、テレビというものが恐ろしくなり、それ以来マスコミというものを一切信用してません。

 

もちろん彼も、自分が番組の中でもイロモノ扱いされていることは十分理解していたと思います。ですが、それすら楽しんでいたと思うし、テレビを見ている100人に1人でもいいから、自分に興味を持って、それがきっかけで芸術というものを知ってくれる人がいればいいや、くらいの感覚で道化を演じていたように思います。

 

(一応、岡本太郎氏の命式を載せておきます)

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芸術は爆発だ!』なので、調舒星があると思ったら、ありませんでした。

でも日干はやはり丁火ですね。陽占は知性の人です。



 

さて前置きが長くなりましたが、この本の中で、響いた文章を少し紹介します。

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(夢へ踏み出せない人に向けて)

 

食えなけりゃ食えなくても、と覚悟すればいいんだ。それが第一歩だ。その方が面白い。

 みんな、やってみもしないで最初から引っ込んでしまう。

 それでいてオレは食うためにこんなことをしているが、ほんとはもっと別の道があったはずだ、と悔いている。いつまでもそういう迷いを心の底に圧し殺してる人がほとんだ。

 たとえ食えなくても、本当の生き方の方向に進みたい、そう決意したいという情熱が自分をつき動かしてくる。

 確かに危険を感じる。そっちへ行ったら破滅だぞ、やめろ、と一生懸命、自分の情熱に自分で歯止めをかけてしまう。

しかし、よく考えてみてほしい。あれかこれかという場合に、なぜ迷うのか。こうやったら食えないかもしれない、もう一方の道は誰でもが選ぶ、ちゃんと食えることが保証された安全な道だ。それなら迷うことはないはずだ。もし食うことだけを考えるなら。

 そうじゃないから迷うんだ。危険だ、という道は必ず、自分の行きたいと思う道なのだ。ほんとはそっちに進みたいんだ”(p.28-29)

 

”会社をやめて別のことをしたいのなら、あとはどうなるか、なんてことを考えないで、とにかく会社をやめるという自分の意思をつらぬくことだ。

 結果がまずくいこうがいくまいがかまわない。むしろ、まずくいったほうが面白いんだと考えて、自分の命を賭けていけば、いのちがパッとひらくじゃないか”(p.30)

 

 

突き刺さる言葉だと思いませんか。

もう私は、カウンターパンチをくらいましたね。

 

「そうだね、食えなけりゃ食えないで、そん時考えるさ、なんくるないさー」

 

なんて、胸のつかえがすっと下りました。現在、独立して早10年ですが、何とか食えてます。

 

で、少し算命学的な考察を加えますと、岡本太郎氏の言うように、自分に忠実に生きることが出来ていたら、別に算命学は必要ないです。他の占いも無用。生きる勘みたいなのが鋭い人は、直観で正しい道へ行くので無敵です。

 

でも多くの人は、親や世間の価値観に惑わされて自分を見失っていたり、行きたい方向は見えていても、それこそ、「食えないんじゃないか、失敗するんじゃないか」なんて自分を大事にし過ぎて前に進めないんですね。

 

現在、道に迷っている人・二の足を踏んでいる人は一度、『自分の中に毒を持て』を読んでみてはいかかでしょうか。

それ以前に、生きる勘が全く働かない重症者は、鑑定サロンへどうぞ。

 

pentacles.jp